「音楽業界への道標」第1回 山口哲一さんインタビュー
音楽業界で活躍される方々へインタビュー
「音楽業界を目指したいけど、どんな道があるのか分からない」
「クリエイターになりたいけど何をすればいいか分からない」
そんな風に思われる方は沢山いると思います。
そこで今回より、音楽業界の第一線で活躍されている方々をご紹介する記事を、不定期で更新していきたいと思います。
記念すべき第1回目は、クリエイター養成講座「山口ゼミ」の主催者であり、音楽業界に関連する書籍を多数執筆、業界で圧倒的な人脈を持つエンターテック・エバンジェリスト「山口哲一(やまぐちのりかず)」さんにお話を伺ってきました。
実は、山口さんの2013年の著書「世界を変える80年代生まれの起業家 ~起業という選択~ (SPACE SHOWER BOOks)」には、数多くの起業家の方々のインタビューが掲載されています。中には、以前弊社記事でもご紹介した「Audiostock」を運営する株式会社クレオフーガの西尾周一郎さん、「Frekul」を運営する株式会社ワールドスケープの海保けんたろーさん、さらには「nana」を運営する株式会社nana musicの文原明臣さんや、「TuneCore Japan」を運営するチューンコアジャパン株式会社の野田威一郎さん等々、現在、音楽業界を賑わせている企業やサービスを、4年以上前に取材されていた山口さんの先見の明には驚かされます。
そんな常に時代の一歩先を見据えながら行動されている山口さんの貴重なお話を沢山聞けましたので、ぜひご一読ください!
ーー本日はお忙しい中ありがとうございます。まずは山口さんの簡単なプロフィールを教えてください。
山口哲一(以下、山口:) 大学はほとんど行かずに中退、音楽業界にフェードインして、自分でアーティストマネージメントの会社(BUGcorp)を作りました。
このサイトの読者で言うと、ドラマーの「村上 “ポンタ” 秀一」や作詞家として活躍する「こだまさおり」などはご存じの方いらっしゃるでしょうか?
プロデューサーとして、「Sweet Vacation」「ピストルバルブ」「東京エスムジカ」などをデビューさせています。
日本音楽制作者連盟の理事を8年間やりました。経産省の「デジタルコンテンツ白書」の編集委員をやっています。
2011年以来10冊の書籍を出版していて、数年前からエンターテックエバンジェリストと名乗り、人材育成や新しい表現が生まれる「場つくり」に取り組んでいます。
ーークリエイターのための養成講座という位置づけで開催している「山口ゼミ」は山口さんの代表的な活動の一つですが、始めたきっかけはどのようなものだったんでしょうか?
山口:レコーディングの時の人と人の繋がりが薄くなってきていますよね。音楽制作が孤独な作業になりすぎだと思います。
今の時代スタジオに行かずとも自宅で作曲からレコーディング、ミックスやマスタリングまで出来てしまいますから当然と言えば当然なんですが、昔はそうじゃなかった。
今、活躍しているサウンドプロデューサーって、実は多くがメジャーデビュー経験者なんです。
何故かと言うと、昔はメジャーデビューすると「3年間でアルバム3枚」というのが平均的な契約だったんですよ。3年間はプロクオリティの音楽制作を体験できた。
当時は宅録もできなかったので、レコーディングスタジオに集まって制作するしかなかったんです。その経験が、後にサウンドプロデューサーになれるスキルを育てたし、業界に人脈もできた。今はレコード会社に余裕がなくて、制作現場で若い音楽家を育てられなくなっています。
これまでの日本の音楽のレベルは世界のポップスの水準と比べても、とてもレベルが高いものです。しかし、人との繋がりが薄くなるにつれそれが継承される環境が無くなりつつある。
そんな危機感があったのが開講の理由ですね。責任を明確にするために「山口ゼミ」と名付けました。自分も追い詰めるのが嫌いじゃないんです(笑)。
ーー当時音楽業界で「継承されていたもの」は、具体的にどのようなものだったんでしょうか?
山口:総合的なことです、良い音を聴くことも大切だし、一流のレコーディングエンジニアとのコミュニケーションもとてもためになります。僕は作詞も作曲もアレンジもしませんが、「どうしたらクリエイターがダメになっていくか・成功するか」や「どういう人がこの仕事に向いているのか」が分かります。
業界で色んなミュージシャンと関わっていくうちに自然と身につく感覚なんですね。だからある程度のキャリアを持っている人はみんな知っているんです。
ただそういったモノって「業界の暗黙知」として言語化されていないんですよ。
作曲テクニックだけに限らず、音楽業界にはそういった「業界の人だけが知っている常識」が非常に多いのですが、それって家に籠って曲を作っていても絶対知り得ないことですよね。
だから僕は山口ゼミを通してそういった「業界の暗黙知」をどんどん伝えていくようにしています。
ーーなるほど。実際山口さんの著書「プロ直伝! 職業作曲家への道 ~ 曲作りを仕事にするための常識と戦術、そして心得」でもそういった内容が多く盛り込まれていますよね。
山口:そうですね。あの本は山口ゼミ第一期の講座をやりながら書いていった本です。プロになるためには実際の現場で色んな困難を肌で感じ、それを乗り越えるために、もがき続けるしかないと思うんです。普通の学校のようにこの課題をやって、それが終わったら次はこうしなさい、という風に教えられてプロになった人は見たことがないですから。そういったプロの環境に近づけつつ、少し背中を押してあげられるようなスクールを目指しました。
若手クリエーターの中には見当違いな努力をする人も沢山います。勘違いや間違いを正しつつ、あとは自分で好きなだけもがいてもらう、そんな風にしてプロに育てていくという方針が正しかったなと4年半経って思っています。
ーー山口ゼミにはベーシックなコースとは別に「extendedコース」がありますが、これはどういったものなんでしょうか?
山口:山口ゼミを受けた人だけが受講できる上級コースですね。
山口ゼミを受講すれば「自分がプロの作曲家にどうすればなれるか」というのは分かるようになるはずです。ただ「わかる」と「できる」の間に壁はあるので、より実践的な内容を取り込みプロと同様の水準で「できる」ようになるためのコースですね。
通常の講義はもちろんオンラインでのやり取りや、「懇親会」が多く開催されています。これは山口ゼミ全体に言えることですけどね。
普通のセミナーは打ち上げやらないって後から知りました。(笑)
ーーやはり人との繋がりを意識した上での懇親会ということでしょうか?
山口:そうですね。山口ゼミの最大の魅力は懇親会だと言う人もいます(笑)。
僕にしてみれば、トークイベントした後は打ち上げやるのが普通だろうって感覚なんですが(笑)、より本音で、講師と一緒に色んな話が出来るのは価値ありますよね。
あとは作曲家で成功するという、同じ志しを持った仲間と話せるのも大きいです。
飲み会から、「一緒に曲作ろうぜ!」っていう話になることも多いみたいですね。
ーー山口さんは著書「最先端の作曲法 コーライティングの教科書 役割シェア型の曲作りが、化学反応を起こす!」なども執筆されていますが、かなり前から「共同制作」いわゆる「コーライティング(Co-Writing)」を推奨し続けている方ですが、具体的に「コーライティング」とはどのようなもので、どんなメリットがあるんでしょうか?
山口:海外のプロの作家は、割合で言うと、おそらく全体の8〜9割位の曲を「コーライティング」で作曲していると思います。たまに自分ひとりで完結して作るという感じ。ところが、日本ではやっている人が少なかったので、山口ゼミを始める時に、テーマとして掲げたのは、「コンペに勝つ」と「コーライティングのマインドセットとスキルを身につける」の2つでした。
コーライティングについては、日本の総本山的存在と言って良いと思います。ここ何年か書籍を出版したり、海外含めた一流作家を交えたコーライティングキャンプを行うなどやってきたので、日本でも一般的になってきましたよね。アマチュアの方もコーライティングを楽しんでもらえるように、クレオフーガと一緒にワークショップ型イベントをやったりしました。
クレオフーガとは「CoWritingStudio」という作曲家がコーライティングする時に便利なコミュニケーションツールを共同開発もしています。まだβ版運用ですが、公開しているので興味のある人は使ってみてください。
コーライティングのメリットとしては、個人制作よりも効率が上がるというのももちろんあります。だた、本質は、足し算ではなく掛け算になること、作家同士の化学変化を起こすことを目指すということです。僕らの基本的な考えとしては、「このメンバーだからこそ作れた化学反応をによる素晴らしい楽曲制作」を目指すべきというものです。一緒にバンドをするような感覚でしょうか。 締切を共にしたりすることで仲良くなっていく人も多いですね。(笑)
山口ゼミの修了生達によるクリエイター集団も「Co-Writing Farm」という名前でやっています。専属性は無い、自由な集まりですが、エージェントの機能もあって、採用曲が増えてきていますね。
ーー同じ志しをもった仲間とスキルアップしていけるのは大きなメリットですね。
山口:制作はどうしても孤独な作業になりがちですからね。
山口ゼミは年に4回開催しているので気になった方は是非参加して欲しいです。
年齢層も様々ですし、男女比は女性が3割位かな。北は北海道から、南は鹿児島まで、地方から通う受講生も多いです。台北から台湾人が受講したのには驚きました(笑)。
ーー海外からはすごいですね。(笑)
山口:格安航空会社を使って通ってましたよ。(笑)山口ゼミだけに限らず、これから音楽業界はどんどんグローバルになると思います。
海賊版と違法サイトの天国だった、中国が遂に音楽産業育成の国家計画を出して、定額聴き放題型の音楽サービスが急激に広がっています。
日本のレコード産業規模を3年くらいで抜くと言われています。ITサービスでは既に中国が日本を上回ってしまっていますが、日本人に残っている優位性は、クリエイエティビティの高さだと思うので、活かしたいですね。特にポップミュージックの多様性については、日本に圧倒的な優位があります。
ーー音楽業界もどんどん変移してきているんですね。ちなみにクリエイターにとって身近な変化はありますか?
山口:そうですね、A&Rがいわゆる大型コンペに疲弊してきているし、まもなくコンペ全盛の時代は終わると思いますよ。CWFでも、コンペを待つのではなく、自分が歌って欲しいアーティストにデモを聴いてもらう、「持ち込み型」をやっていて、採用が増えてきました。井上苑子「ファーストデート」、安室奈美恵「Hope」などは、CWFメンバーの提案から始まって、リリースされた楽曲ですね。
コンペって、締切が4日後とかも多いじゃないですか?クリエイター側が疲弊していく仕組みですよね。持ち込み型であれば期限を気にせず完成度を重視した曲が制作出来るので、A&R側にとってもメリットになるわけです。
アメリカなんかはこの方法の方が主流ですし、今後どんどん変わっていくでしょうね。
ーーそうなってくるとA&Rとのコネクション、いわゆる人脈が必要になってきますね。私自身もそうでしたが、特に地方に住んでいる人は「どうすれば人脈が増えるんだろう」と悩む人は多いと思います。
山口:所属している事務所があればそこを通してというのでもいいですし、僕や山口ゼミなどを上手く使ってくれればなと思っています。
ただ総じて言えるのは、やはり日本の音楽業界の中心は東京なので、東京でしか出会えない人は多くいます。
おそらく今後も東京が中心であることは変わらないでしょうからね。制作は遠隔でも問題ない時代なので、住む必要は無いですが、人脈だけは東京で作るべきでしょうね。今は格安航空券や長距離バスなどもあるので、必要な時だけ来るという方法もあるかと思います。人脈って作ろうとしてできるものというよりは、目的のために動いていたら勝手に出来上がっていたという結果でしかありませんから。
音楽業界とクリエイターの未来について
ーー「未来のはなし」についてもう少し掘り下げていこうと思うのですが、CDが売れなくなってきている今の時代について山口さんはどう考えていますか?
山口:確かに今はCDの売上は年々減っていき、レコード会社の経営は苦しくなってきています。しかし、JASRACの著作権分配額は10年以上、1100億円で下がらずに推移しています。
ーーCDは売れなくなってきているものの、クリエイターに流れる金額はあまり変化していないということでしょうか?
山口:その通りです。著作権は、放送やカラオケなど、様々な用途で使われて使用料が発生しますからね。これからはCDの落ち込みはストリーミング配信が増えることでカバーされるでしょうね。
ただ、ストリーミングの割合が増えると、旧譜の比率が上がっていきます。これまでのレコード会社の売り上げは新譜が9割を占めているのですが、ストリーミングサービスの場合は新譜と同じくらい旧譜もよく聴かれる。つまり曲を発表したタイミングで入ってくるお金の量は減ったけれど、いい曲であればずっと聴かれ続けるので継続的な収益になるという変化は起きてくると思います。
ーーなるほど、極端な話いい曲さえ書ければ収益になるという構造には変わりないんですね。
山口:もちろん人それぞれ成功に形は違いますし生き方や考え方も違いますので、一概に何が良くて何が悪いなどは言えませんが、あまり時代を悲観するようなこともないのかなと思っています。 あとはやはり海外に目を向けることも大事になってくるでしょうね。
さっきもお話ししましたが今、中国では音楽業界に流れるお金の量が爆発的に増えてきていますし、広い視野を持って音楽業界を考えることでこれからの活動指針が見えてくるかもしれません。
ーー山口さんにとって音楽で成功している人の「共通点」は何かありますか?
山口:何をもって成功とするかによって大きく変わってきます。
それを踏まえた上で言えるのは、「人との繋がりや縁を大事にする人」でしょうか。
あとはやっぱり「運の力」もありますし、「常に成長し続ける姿勢」も大切ですよね。
自分の中でいつも新しいものを追い求め、もがきながら勝ち取って、という風に活動を続けられれば見えてくるものがあるんじゃないでしょうか。
ーー常に考え、動き続けるということが大切なんですね。それでは最後にこの記事をご覧になっている方々へ、一言お願いします。
山口:音楽に限らず時代の大きな転換期なので、常に視野を広く持って活動することが大事だと思います。
最近、僕が注目しているのは、人工知能やブロックチェーン、スマートスピーカーなど色々ありますが、映像系ツールで「Touch Designer」の広がり方を期待感を持って見ています。DAWに似た感覚的な操作ができるソフトで、作曲家はとっつきやすいでしょう。
広い視野を持った上で「やっぱり俺はこれだ!」というものに、とことん没頭するのがいいんじゃないかと思いますね。
ーーありがとうございました。
いかがだったでしょうか?音楽業界やクリエイターを目指す方々にとっては、とても参考になる話が詰まっていたかと思います。
もっと詳しく知りたい方は、「山口ゼミ 2018冬期生説明会」が開催されるそうですので、参加してみるのも良いかもしれません。最後までご覧いただき、ありがとうございました。
「山口ゼミ 2018冬期生説明会」
- 日時:2017年11月25日(土)11:00〜12:00
- 受講料:無料
- 会場:東京コンテンツプロデューサーズ・ラボ
- 東京都新宿区下落合1-1-8(東京アニメーションカレッジ専門学校2F) JR高田馬場駅から徒歩5分
詳細はコチラから。
記事作成者
取材・執筆:momo (田之上護/Tanoue Mamoru)
1995年生まれ。Digital Performerユーザー。音楽学校を卒業後作曲家として福岡から上京。
2017年8月ツキクラ「STARDUST」に作・編曲で参加し作家デビュー。
「心に刺さる歌」をモットーに、作詞作曲・編曲からレコーディングまで全てをこなすマルチプレーヤー。
アートユニット「Shiro」の作編曲担当としても活動中。
TwitterID :@momo_tanoue
「Shiro」 Website : https://www.shiro.space/
「Shiro」 TwitterID :@shiro_unit
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