「音楽業界への道標」第18回 リック サクライさんインタビュー
CM音楽作曲家 リック・サクライさんにインタビュー
音楽業界への道標、第18回目となる今回は以前別の記事でご紹介したMassiveMusic TokyoでCM音楽の作曲を手がけるリック サクライさんへ取材を行って参りました!
アメリカ出身のリックさん、お話もグローバルな視点で色々と興味深い内容を聞くことができました。ぜひご一読ください。
profile
CM音楽はこうして作られる
ーーお忙しい中取材させていただきありがとうございます。それではまず、現在のリックさんの仕事内容からお伺いしてもよろしいでしょうか?
現在はMassiveMusicにて作曲家・クリエイティブディレクターとして働いています。
ーークリエイティブディレクターとはどういったお仕事なのでしょうか?
MassiveMusicは音楽制作会社でもあり広告会社でもあるのですが、通常広告業界というのは沢山の役割に分かれています。雑誌の文字を書くコピーライター、お金の管理・プロジェクトスケジュールをマネジメントするプロデューサーなど沢山の役割がある中で、クリエイティブディレクターは専門的なクリエイティブの分野での統括・指示などを担当します。
例えば「マクドナルド」と聞いたら”楽しそうな雰囲気”、「Apple」は”シンプルでカッコいい”、「NIKE」だったら”クールで重厚感”など、それぞれの企業や商品には色々なイメージがありますよね。
そういったイメージを「音の分野」からお手伝いさせていただくというのが、僕たちのお仕事です。
リック サクライ アレンジ PANTENE 『#わたしはミセラー』篇
ーー作曲家以外の目線も大事になってきますね。
曲を作るのも勿論ですが、「ブランドイメージを作る」というお仕事ですからね。
ーー実際にCM音楽はどういった流れで制作されるのでしょうか?
色々なパターンがあるので一概には言えませんが、王道の流れをご説明させていただきますね。
まずCMを制作するにあたり、紹介するブランド、そして広告代理店が存在します。
その広告代理店が、「映像制作はこの会社に任せよう」「俳優はこの人にお願いしよう」などキャスティングを行っていく中で、「じゃあ音楽はこの会社に任せよう」ということで僕らの会社に声がかかるんです。
そうやってチームを結成し、企業や代理店の方とターゲットや商品を売り出すポイントの打ち合わせをしていきます。
ーー声がかかる時点でどんな曲にするかは決まっているのでしょうか?
いえ、先に既存曲でリファレンス音源を決めます。ちなみに僕らはこれを「選曲リサーチ」と呼んでいるのですが、「Aの曲の良いところ」「Bの曲のこの感じ」みたいに部分部分でピックアップしていきながら、全体のイメージや方向性を決めていきます。
ーーいきなり作るわけではないんですね。
折角作っても「なんか違うね」ってなると時間も労力も無駄になってしまいますし、なにより携わっている人数が多いので皆が同じ方向を向くというのが大切なんです。
ーーリファレンスが決まったあとはいよいよ制作でしょうか?
そうですね。これもケースバイケースですが、映像制作と同時進行で進めていくことが多いです。「Vコンテ」と呼ばれる簡単な絵コンテをいただいて、「~秒で商品が出てくるから~秒かけて盛り上げて…」みたいに制作していきます。
このVコンテはパラパラ漫画みたいな手書きの映像だったり四コマ漫画と様々です。
そうやって映像制作チームとやりとりしながら同時進行で制作していき、最終的に双方完成したものを合わせて作品が完成します。
リック サクライ 作曲 UNIQLO『ウルトラストレッチパンツ for KIDS』篇
ーーあの短い時間の中に沢山のものが詰まっているんですね。
広告業界ってかなりスケジュールがタイトですからね。チャレンジングです。
CM業界に入るまでの道のり
ーーリックさんはどういった経緯でCM音楽に携わるようになったのでしょうか?
僕は生まれも育ちもアメリカで、大学はボストンのバークリー音楽大学なんです。
2009年に卒業したのですが、当時リーマンショックの影響で景気がめちゃめちゃ悪い状況だったんです。
同期の卒業生が500人くらいいたんですけど、その中で卒業後の進路が決まっていたのは多分10人くらい。そのくらい就職先が無い状態でした。
ーー日本もかなりの影響を受けましたが、アメリカだとなおさらですよね…。
ただ僕の場合は卒業する時、当時まだ付き合って3ヶ月の彼女と結婚が決まっちゃってたんですよ。
ーーえええ!まだ20代前半の頃で、しかもかなりのスピード婚ですよね!?
そうなんです。(笑)
今は子供もいて元気に仲良くやってますが、当時はかなり焦っていて、とりあえず知り合いのツテでニューヨークにあるCM音楽会社にインターンとして雇ってもらいました。
でもとても大変な労働環境で、8:00~21:00まで働いて日給10ドルだったんですよ。
ーーとても生きていける額とは思えません…。
お昼ご飯と往復の交通費でほぼ全部無くなってしまうくらいの額でしたからね。週末や深夜の時間にバーやレストランでバイトをしてなんとかやりくりする日々でした。
しかもその制作会社では上下関係が厳しくランク分けみたいなのがあって、僕は入ってからずっとコーヒーを買いに行くか電話受付くらいしかさせてもらえなかったんです。
新人だからというだけではなく、色々な理由もあったんだと思います。
ーー相当過酷だったんですね。それからどうなったんでしょうか?
入って3ヶ月くらいの時、結婚式をすることが決まったんです。それで「このままじゃマズい」と思い、Youtubeなどで拾ってきた動画に自分で曲を作って合わせたものをDVDに焼いて、それを持って社長室に乗り込みました。
ーーだ、大胆ですね…。
もうビビりまくってましたけどね。(笑)
でも運よく社長が暇な日だったみたいで、その場でそれを聴いてくれたんです。
そこで気に入ってくれて、次の日から作曲部屋も用意してもらい、社員になりました。
それがこの業界にプロフェッショナルとして入ったいきさつです。
ーー壮絶すぎて目が回りそうです。(笑)
その後CM音楽に本格的に携われるようになり、何年かお世話になったあとフリーランスに転向しました。
そして3年くらい前に家族の事情や仕事の関係もあって日本に引っ越してきました。
ーーその後MassiveMusic Tokyoが設立されたんですね。
MassiveMusicとはフリーランスの頃からご縁があって、MassiveMusic Tokyo設立のタイミングでこちらで働かせていただくことになりました。
ーー色々と大変な時期がある中で、音楽以外の道という選択肢もあったと思います。そこで挫けず乗り越えられたのには、どういった理由があったのでしょうか?
どんなに不景気の時代でも、広告っていうのは絶対無くならないと思ったんです。経済が回っていくサイクルの中で必ず広告は存在していて、そうすると必然とそこに音楽の需要も生まれますからね。
リック サクライ 作曲 東京電力ホールディングス株式会社 『TEPCO速報・素直な自分』篇
CM音楽のこれから、リックさんのこれから
ーー日本のCMとアメリカのCMではどういった違いがあるのでしょうか?
アメリカではアーティストの楽曲を使用したタイアップCMが少ないです。これは単純に予算の問題もありますし、アーティストのイメージに負けて商品の印象が薄くなることが懸念されているからです。
また音楽のスタイル自体も、アメリカではリズムやグルーヴ重視、日本はメロディーやコード感を重視する傾向がありますね。
どちらが優れているというわけではなく、それぞれに良さがあると思います。
ーーCM音楽は多くの引出しが必要とされるお仕事だと思うのですが、なにか研究等はしていますか?
学生の頃キーボード奏者としてバンドをしていたのですが、当時プログレッシブロックが大好きで、よくDream Theaterを演奏していたんです。Dream Theaterって基本はロックなんですけど、急にオーケストラ調になったりコミカルな感じになったりと、アレンジがとても面白いバンドなんですよ。
それに影響されて、友達と一緒にいろんなアレンジを試したりしていたので、そうやって色々と培われたんだと思います。
ーーリックさんの使用機材を教えてください。
DAWはACID、Digital Performerを経て現在はProToolsを使っています。ソフト音源は専らNative Instrumentsを使うことが多いですね。多彩なジャンルに対応できるので愛用しています。
あとはSpectrasonicsや8Dio、SAMPLE Modelingの音源も結構好きです。
プラグインとしてはWavesとUADをよく使います。あとはSlate Digital社製のプラグインもお気に入りですね。見た目のカッコいいですし、コストパフォーマンスにも優れていると思います。
ーーこれから音楽業界を目指す方に向けて何かアドバイスはありますか?
自分の苦手なところを認めて、良いところをひたすら磨いていくことが大切だと思います。
苦手なところは諦めることも時に必要ではないでしょうか。
例えば僕が作曲家として曲を作る場合は分かりやすく感情表現されている音楽を作るのが得意で、逆にスーパーアーティスティックな楽曲は苦手です。でもクリエイティブディレクターという仕事は全てを自分で制作するわけでなく、必要に応じて外部の作家さんに依頼することもあるんですよ。
それぞれに向き不向き、その人の”色”があるので、自分が得意とする部分を伸ばしていき、苦手な分野は他の人にお願いするっていう方法がいいと思いますね。
あとは積極的に自分を知ってもらう機会を作ることも重要です。一つのプロジェクトを進める際も、1曲だけを作るわけではなく数曲集めてコンペ形式で曲を決定する場合が多いです。ですからまずは自分をより多くの人に知ってもらい、戦いに参加することが出来れば、道が開けていくと思います。
ーー今後CM音楽業界はどう変化していくと思いますか?
業界全体の問題ではありますが、やはりどんどん予算が減ってきているのが現状です。これは音楽だけに限らず、広告にかける費用自体も同様です。
その中でどう柔軟に対応できるかというのはやはり大切で、スキルを沢山持っている人が重宝される時代に変化しつつあります。
僕だったらキーボードはもちろんギターやベース、バンジョーやトランペットも演奏できるのですが、それ以外にもエンジニアリング、営業活動等どれだけわらじを履けるかの勝負になってきていますね。
ーーそうなってくると、クリエイターとしては安く都合よく使われてしまうのではないか…という懸念も増えてくるかと思います。
もちろんそういった依頼の仕方も良くはありませんが、それを引き受けてしまうクリエイターにも責任の一端はあると思いますね。
自分の価値を下げないためにビジネスマインドの精神を持っておくことが重要です。ちゃんと話し合う場所を作ったり、安く請け負うとしても代わりに次の仕事を確約したりと、普通の社会人が当たり前にやっていることをミュージシャンもちゃんとやらないとダメだと思っています。
僕の場合はフリーランスの時にそういったスキルを磨きました。
ーー確かにその通りですよね。それでは最後に、リックさんの今後の目標を教えてください。
世間一般の音楽に対する価値観の上昇が目標です。
僕が子供の頃はお小遣いを全部つぎ込んでCDを買ったりしていましたが、今の若い世代の子はそういったことは殆ど無いと思います。
ストリーミングサービスの台頭によってより音楽が手軽になりつつある時代ですが、価値の上昇とはまた別の話ですよね。
CM音楽に関しても、やっぱり映像が一番重視されていて音楽が一番最後だったりするので、同等のレベルまでもっていけるようこれから様々なアクションを起こせればと思っています。
ーーありがとうございました。
リック サクライ 作曲 Call of Duty:Ghost『Official Trailer』篇
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取材・執筆:momo (田之上護/Tanoue Mamoru)
profile:1995年生まれ。Digital Performer・Ableton liveユーザー。音楽学校を卒業後作曲家として福岡から上京。
2017年8月ツキクラ「STARDUST」に作・編曲で参加し作家デビュー。
「心に刺さる歌」をモットーに、作詞作曲・編曲からレコーディングまで全てをこなすマルチプレーヤー。
アートユニット「Shiro」の作編曲担当としても活動中。
ホームページ:Music Designer momo
TwitterID :@momo_tanoue