「音楽業界への道標」第7回 藤巻兄将さんインタビュー
サウンドエンジニア 藤巻兄将さんインタビュー
音楽業界への道標、第7回目となる今回はエンジニアの藤巻兄将(ふじまきけいすけ)さんにお話を伺って来ました。名だたるトップアーティストの作品を若い頃から手がけている藤巻さん。エンジニアの世界の厳しさ、その中でいかにして作品と向き合い音を作り上げていくのか。ミュージシャン必見です。
ーーー藤巻さんはよくSoundDesingerなどでもよく見かける方なので以前から知っていたのですが、具体的にはどのようなアーティストを手がけてらっしゃるのでしょうか?
藤巻兄将(以下、藤巻:)フリーで活動していることもあり、割と幅広いアーティストを手がけています。EGOISTやアンダーグラフ、AIさんなども手がけていますし、最近では劇伴作品のミックスをすることも多いですね。
ーーこの取材もスタジオに泊まり込みで作業をした後ということで、かなりお忙しい日々を送っていらっしゃると思います。ジャンルなども特に限定することなく手がけているのでしょうか?
藤巻:元々バンドをしていたこともあり、ロック系は割と得意ですね。でもどのジャンルでも対応できるように普段から色々と勉強するようにしているので、苦手ジャンルは特に無いです。
ーー今や各現場で引っ張りだこの藤巻さんですが、元々どういった経緯でエンジニアを目指すようになったのでしょうか?
藤巻:高校生の時にバンドをしていたのですが、その頃からエフェクターなどの機材が大好きでした。大学に入った頃ちょうどCubase SXシリーズなんかが出回っている時代で、そのあたりからDAWを触り始めたのですが、色々と研究しているうちにエンジニアという職業を知り、目指すようになりました。
ーー演奏家や作曲家ではなくエンジニアを選んだのにはどんな考えがあったのでしょうか?
藤巻:エンジニアについて色々勉強していくうちに、裏方でありながらいろんな表現ができる職業だと思ったんです。また演奏家は若い頃から上手い人がたくさんいるのに対し、エンジニアは高校生や大学生でDAWを触り始めそこからハマっていき…という流れがほとんどなので、スタートラインがみんな同じなんですよね。そこにチャンスを見出したというのも大きな理由です。
ーー確かに「小さい頃からエンジニアやってました」っていう人は聞いたことがないですね。
藤巻:「エンジニアを目指そう」と思い立ってからは割と行動は早くて、当時札幌の大学に通っていたのですが途中で辞めて東京の専門学校に進学しました。1年のみの学校だったのですが、必死に勉強したのを覚えています。そうこういているうちに専門学校の先生に声をかけていただき、その方がチーフエンジニアを務めていたHeartBeat Studioにそのまま就職しました。
エンジニアの世界について
ーースタジオに就職した後はどのようにスキルアップしていくのでしょうか?
藤巻:レコーディングの現場ではエンジニアとアシスタントがいて、最初はそのアシスタントのサポートをするところから始まります。誰よりも早くスタジオに行き機材のセッティングをして、誰よりも遅く残って片付けや次のRECの準備をしたりとなかなか過酷です。
ーー藤巻さんもかなり苦労されたと思います。
藤巻:もちろんかなりキツかったです。帰れないこともザラにありますし、今でこそデジタルレコーディングがほぼ全てですが、当時はまだアナログレコーディングをすることもあったため覚えることも膨大でした。機材の使い方を一通り覚えたら今度はレコーディングの流れを覚えて…なんてやっていると、やはり一流になるにはそれなりの時間がかかります。
ーー厳しい世界の中で辞めていく方も多いのではないでしょうか?
藤巻:最初の段階で辞めていく人はかなり多いですね。だから結構どのスタジオも人手不足だと思います(笑)僕の場合はエンジニアになるために札幌からはるばる出てきていることもあって、「辞める」という選択肢はなかったですね。
ーーその信念があったからこそ苦難を乗り越えられたんですね。
藤巻:「辞める」という選択肢がある人は、どこかのタイミングでみんな挫折して去っていってしまうんです。でも、どんなにキツくても食らいついていけばなんとかなる世界でもあると思っています。
ーー「アシスタントのサポート」で能力を認められた後はどんなステップが待っているのでしょうか?
藤巻:次は「エンジニアのアシスタント」として仕事をしていきます。アシスタントはエンジニアのサポートをはじめProToolsのオペレーターとしてPCを操作をしたり、機材のセッティングをするなど重要な役割を担っています。いかに素早く要望に応えられるかが重要で、レコーディングをスムーズに進めるために常に集中しておかなくてはいけないのでこれもまたかなり大変です。エンジニアや演奏者の指示を聞き逃さないようにするのはもちろん、「次はこれが必要だろうな」と予測するのも大事ですからね。
ーーアシスタントは円滑にレコーディングを進めるカギになっているんですね。
藤巻:「いいタイミング」って1秒の範囲内だと思っていて、指示を受けてから行動に移すまでの俊敏性や察知力などはかなり重要です。僕も最初の頃はたくさん失敗して学んでいきました。
ーーそういった知識や技術以外のことはなかなか学校では学べなさそうです。
藤巻:そうですね。確かに学校では機材の知識やテクニックを学ぶことはできますが、実際の現場で学ぶことの方がはるかに多いです。だから逆に1年制の専門学校でよかったなと思っています。その分早くスタジオに入ることが出来たので。またアシスタントからエンジニアになるタイミングも結構難しく、いつチャンスがやってくるか分からない部分も大きいので、そういった意味でも早めにスタジオで経験を積めたことは良かったなと思っています。
ーーエンジニアになるにはチャンスが巡って来なければなかなか難しいということでしょうか?
藤巻:アシスタントをどのくらいやればエンジニアになれるっていう、明確な期間があるわけではないですからね。機会や人に恵まれていないとなかなか厳しいかもしれません。
アシスタントをしていた現場でエンジニアさんが倒れて、午後からは僕がエンジニアをやることになった、みたいなこともありましたね。そういった時に結果を出していくことで少しずつ認められて…といった流れです。
ーーエンジニアとしての初仕事はどういったものだったのでしょうか?
藤巻:蔦谷好位置さんが手がけていた案件が初仕事でしたね。実は地元が同じで、しかも同じ大学に通っていたという繋がりがあるのですが、当時蔦谷さんが「若いエンジニアを探していて、こういうのどう?」と案件を持ってきてくれたんです。当時はまだアシスタントでしたが、エンジニアの仕事ぶりを日々見ていましたしProToolsのセッションデータをいつも研究していたので自分なら出来ると信じて引き受けました。当時23歳くらいだったと思います。
ーーかなり早いタイミングだったんですね。
藤巻:今思えば「もっとこうしていれば」という部分はたくさんあるのですが、当時持てる技術を振り絞って取り組んだ覚えがあります。それから以降社内案件のレコーディングでエンジニアをすることが増えていきましたね。その時期は人脈を広げるよりもエンジニアとしての力を身につけることに専念して取り組みました。
ーーその後フリーとして活動することになった藤巻さんですが、これはどういった経緯だったのでしょうか?
藤巻:当時所属していた会社がHeartBeat Studioを手放すことになり、僕も退職扱いになったんです。フリーでやっていくか、またどこかのスタジオに就職してアシスタントから始めるかかなり悩みました。当時人脈などはあまりなかったのですが、先輩方とも色々相談した結果フリーで活動していくことにしました。エンジニアの奥田泰次さんや檜谷瞬六さんの紹介で、現在は会社(IXY music)にマネジメントのみお任せし、活動している状態です。
ミックス・マスタリングテクニックについて
ーー藤巻さんは幅広いジャンルの作品を手がけていらっしゃいますが、普段はどのように情報や技術を仕入れているのでしょうか?
藤巻:もちろん現場や人伝いで吸収することも多いですし、海外のサイトを参考にすることも多いですね。やはり向こうの技術は日本よりも優れている部分がかなり多いので、なるべく取り込むようにしています。ただ機材の使い方とかは割とどうでもよくて、音に対する考え方だったりを学ぶことが多いですね。同じ機材でも使う人によって全く音が変わりますから。「Mix With The master」くらい丁寧に解説しているサイトだと、勉強になることは多いんじゃないかと思います。
ーー日本と海外の一番の違いはなんだとお考えですか?
藤巻:モニター環境でしょうか。一昨年ナッシュビルやロサンゼルスのスタジオに行ってきたのですが、しっかりと環境が整っていて驚きました。もちろん機材だけでなくスペース的な要因だったり色々あるとは思いますけどね。
ーー藤巻さんが実際にモニターで使用されているスピーカーはなんでしょうか?
藤巻:3年ほど前からPMCのモニタースピーカーを使用しています。アメリカのスタジオではATCかPMCのスピーカーをよく見かけたので、日本に戻って実際に色々と聴き比べて購入しました。
ーー藤巻さんは基本的に家で作業はせずスタジオで音を作っていくそうですね。
藤巻:狭い環境でミックスしていると、どうしても広い場所で鳴らした時に作り込めていない部分が分かってしまうんです。だから基本的にスタジオでスピーカーを鳴らしながら作業するようにしています。海外の友人曰く、やはりアレンジの段階から低音の作り込み方は半端ないそうで、部屋が震えるほどの音量感で作業をしているらしいです。ただ何でもかんでも大きい部屋で作業すればいいというわけではありませんし、小さな環境だからこそ出せる音も同様にあるので、うまくコントロールしていければと思っています。
ーー私自身もそうですが、自宅で全ての作業をせざるを得ないという方も多くいらっしゃると思います。何を最も大切にするべきでしょうか?
藤巻:電源やプラグインなど色々と要因はありますが、やはりモニター環境ですね。狭い環境でもしっかり音を作り込める方も中にはいますし、まず整えるべきはそこじゃないかなと思います。
ーーおすすめのスピーカーはありますか?
藤巻:部屋の大きさによっても変わってくるので一概には言えませんが、狭い環境で作業する場合だとIK multimediaの「iLoud」なんかは周りでも割と評判がいいですよ。あとはGENELECのDSP補正機能を搭載しているスピーカーもなかなかいいと思います。
ーー普段音楽を聴くときはどういった風に聴くのでしょうか?
藤巻:エンジニアの耳で、というよりは普通に音楽を楽しむ感覚で聴いています。気になった作品はCDを買って誰がエンジニアをしているのか見たりすることはありますけどね。本当はAppleMusicなどでもエンジニアのクレジットも載せてくれたら嬉しいんですが(笑)
ーーミックスをする際にリファレンスにしている楽曲はありますか?
藤巻:昔からこの曲で、、、というのはあまりなくて、最近聴いてる楽曲をリファレンスにすることが多いですね。でもいつも同じスタジオ・機材でミックスをしていて大体どんな音になるのかは把握しているので、そんなに聴き比べたりすることはありません。
ーー最近聴いている中でおすすめの音楽はありますか?
藤巻:かなり幅広く聴いているのでなかなか絞れませんが、、、ちょっと前ですがトロイ・シヴァンのアルバム「Blue Neighbourhood」でしょうか。名だたるエンジニアが手がけていることもあり、かなり勉強になります。
Troye Sivan – Blue Neighbourhood Trilogy (Director’s Cut)
ーーエンジニアで尊敬している方はいますか?
藤巻:Manny MarroquinさんやTom Elmhirstさんの音の作り方などはとても参考になる部分が多いですね。
エンジニアにとってのオリジナリティ
ーー藤巻さんがエンジニアをしていく中で、「オリジナリティ」についてはどうお考えですか?
藤巻:依頼してくれる方は「藤巻さんっぽい音だね」と言ってくれることも多いですが、自ら「これが自分の音だ!」という風にはあまり考えないようにしています。今の時代、ネットを活用すれば国内外問わず様々な情報を仕入れることができますし、常に作品に合った音に出来るようには研究していますね。
ーーフラットな姿勢で音を研究した結果として「らしさ」が出てくるということですね。
藤巻:作品によって色々と状況は違いますからね。アーティストの方向性はもちろん今どういった状況にいるのか、これからヒットを出そうとしているのか、それともヒット作の次にリリースする作品なのか。テレビで放送されるのかどうかなど、そのプロジェクトにどんな想いや意味が込められているのかを大切にするようにしています。アーティスト本人はもちろんディレクターだったり、タイアップ先の企業の意見だったりと様々な方の意見や想いを自分なりに咀嚼して、音で解釈するようなイメージでしょうか。もちろん場合によっては、そういったことを無視して自分がカッコいいと思った音にするという選択を採る時もあります。
ーー音を作るというよりは、「一緒に作品を作っていく」といった考え方なんですね。
藤巻:僕はエンジニアはデザインをする職業だと思っているんです。音楽だけに限らずグラフィック系や服飾系の人などでも、いろんな要素を踏まえた上で作品を作り上げていきますよね。膨大な要素を取り込み考えた結果が、僕の場合はボーカルの質感や楽器のボリュームバランスなんかに現れたりするわけです。実際に音を作り込んでいくときも初めから「こうだからこうしよう」と決まっているわけではなくて、作業を進めていく中で変化したり発展することよくあるのでワクワクしながら作業しています。
ーー作品に対しての真摯な姿勢がとても伝わってきます。
藤巻:いろんな方が力を合わせて仕上げていく作品なので、「自分はこの音だ!」を貫くよりもやっぱりみんなが聴きたいと思える音を作りたいんです。そのためにいろんな情報を集めますし、いろんなことを考えます。信念を持った方達と対等に渡り合うためには、自分もそれ相応のものを持っていないと太刀打ちできませんからね。
ーーオリジナリティの部分でもう一つお伺いしたいのですが、最近AI搭載のプラグインやマスタリングサービスがじわじわと流行ってきています。藤巻さんはどのような考えをお持ちなのでしょうか?
藤巻:もちろん僕も色々試しましたよ。さすがにマスキングしている帯域などは自分で判断できるので頻繁に使うことはありませんけどね。ただ使用することでいろんな発見はありましたし、非常によく出来ているなという印象です。それこそスピーカーの精度が低い環境だったり、初心者の方にはおすすめできる製品だと思います。
ーーおそらく今後も人工知能を搭載した製品はたくさん発売されると思いますが、それによってエンジニアという職業が脅かされているのでは、という声もあります。
藤巻:僕の中ではあまりそういった感覚はないです。何故ならば、エンジニアという職業は単純に「音を作る」だけが仕事ではありませんからね。僕らが向き合っているのは、あくまで人と人とが作り上げていく「作品」ですから。
ーー確かに、スタイリッシュな音像が正解な場合もあればごちゃごちゃとしたサウンドが正解だったりと、作品によって求められる音も変わってきますよね。
藤巻:昔、Wavesでアーティストシリーズが最初に発売された時も同様の声があったんです。「これあるならエンジニア要らないよね」っていう。でも結果としてそうはならなかったのは、「普段している作業を短縮し、もっと音楽的でクリエイティブな部分に時間をつぎ込む」ためのツールだからなんです。音を作っていくのと音楽的に仕上げていくのは違う脳で考えないといけませんから、その切り替えをスムーズにしてくれるツールという認識ですね。だから人工知能もすごくポジティブに捉えていますし、これからもどんどん出てほしいなと思っています。
これからエンジニアを目指す方に向けて
ーー藤巻さんにとってエンジニアとはどんな職業でしょうか?
藤巻:正直「誰でも出来る」という職業ではないと思います。ただ先ほどもお話しましたが、エンジニアという職業はみんなスタートラインがほぼ同じというのが他の音楽の仕事とは少し違う部分です。僕自身最初は右も左も分からない状態でしたが、「エンジニアになる」という確固たる思いで諦めずに挑み続けた結果が今に繋がっていると思います。
ーーエンジニアにとって必要なことはなんでしょうか?
藤巻:「人間力」でしょうか。機材の知識やテクニックなどももちろん必要ですが、それ以上にコミュニケーション能力や洞察力がかなり重要になってきますから。
ーーいろんな能力が必要とされる職業なのですね。それでは最後にこれからエンジニアを目指す方へ向けて一言お願いします。
藤巻:僕がここまでやってこれたのは、「辞める」という選択肢を持っていなかったことが大きいと思っています。トップエンジニアの中には、どんなに怒られたりミスをしても辞めずに頑張ってきたという方がたくさんいますし、厳しい世界ではありますが、自分の意思の強ささえあれば挑戦していける世界だと思っています。楽をしてやってきたことはなんの糧にもなりませんし、困難の中にこそ成長や自信が生まれるのではないでしょうか。エンジニアを目指す方はぜひ、少しでも早くスタジオで実際に働いてみるのがいいと思います。
ーーありがとうございました。
記事作成者
取材・執筆:momo (田之上護/Tanoue Mamoru)
1995年生まれ。Digital Performerユーザー。音楽学校を卒業後作曲家として福岡から上京。
2017年8月ツキクラ「STARDUST」に作・編曲で参加し作家デビュー。
「心に刺さる歌」をモットーに、作詞作曲・編曲からレコーディングまで全てをこなすマルチプレーヤー。
アートユニット「Shiro」の作編曲担当としても活動中。
TwitterID :@momo_tanoue
「Shiro」 Website : https://www.shiro.space/
「Shiro」 TwitterID :@shiro_unit