エンジニア・プロデューサー 小嶋隆一のマスタリング講座 ① マスタリングの準備
マスタリング講座のはじめに
エンジニアプロデューサーの小嶋隆一です。
この度は、sleepfreaksさんにこのような機会をいただき、大変光栄であると共にやりがいを感じています。
音楽の本質は形而上的なもので、本来は形などありません。
空気の振動で生まれた音の波動を電気信号に変え周波数とエネルギーの大きさで表しその技術によりレコードやCDが作られて来ました。
そのように作られた音楽は人間の聴感でどう感じたかが重要です。素晴らしい音質とは本来は創作者自身が最高だと思えるものだと思います。
そのため、マスタリングにおいては答はありません。
CDに収められた作品は、マスタリングエンジニアがそれぞれの主観で、電気信号の空間の中でCDという枠の中にまとめられた音質に過ぎません。
最終的にはその音を何人の人に好きだと言ってもらえたか、それがマスタリングエンジニアの評価であると言っていいでしょう。
今回の「CD制作のためのマスタリング」では、その本質を抑えつつ誰もが自分の答えを探し出すためのガイドになるような内容にしていく所存です。
奥が深いからと言って、入り口が狭いわけではありません。この内容をきっかけに多くの方々がマスタリングの一般論に捉われず自由にマスタリングに参加していただくきっかけになればと考えています。
同時に、マスタリングという作業を通じてCD制作をする醍醐味を味わっていただければ幸いです。
第一回目は、まずマスタリングの準備を中心にお話ししていきます。
本記事では使用しているプラグイン等を中心に掲載しております。
トラックの作成
マスタリングにあたっては、以下のように役割を分けたAUXトラックを使用します。
今回はDAWとしてPro Toolsを使用しますが、他のDAWでも同様のルーティングができるはずです。
- MIX: ミックスダウン後の2MIXファイルを配置します
- Effect: EQやコンプなどのエフェクト処理を行います
- Volume: フェーダーを配置して音量・音圧を調整します。
- Master: リミッターとディザを配置します。
マスタリング三種の神器
VUメーター
マスタートラックで音量を正確にモニターするため、別途メーターを用意します。
今回使用したのは、PSP Audio Ware TripleMeterという製品です。
製品サイト:https://beatcloud.jp/product/149
VU/RMS/PPMを切り替えて使えるプラグインですが、僕はVUを好んで使います。
その理由は、VUはサウンドが鳴ってから300ms置いて反応するため、人間の聴感に近いからです。
フェーダー
Volumeトラックでは、プラグインとして別途フェーダーを用意します。
DAW標準のフェーダーよりプラス方向に大きく突っ込めるため、自由度が高くなります。
使用しているのはHOFAのフリーのプラグイン、4U METER,FADER & MS-PANというものです。
製品サイト:https://hofa-plugins.de/en/plugins/4u/
スピーカー
(画像はイメージです)
個人で制作されている方は、ヘッドホンだけでミックス/マスタリングを完結されるという方も多いかもしれません。
しかし、音というのは空気の振動であり、2つのスピーカーから出る振動が混ざり合うことによって最終的なサウンドイメージが決まります。近隣への騒音問題なども関係するとは思いますが、最後の確認だけでもスピーカーでしっかりと行うことをお勧めします。
ディザリング
通常ミックスダウンまでは24bitで処理されている場合が多いですが、CD規格に合わせてマスタリングする場合、16bitに変換する必要があります。
その際の音質の劣化を防ぐために必須となるプロセスが「ディザリング」です。
今回はディザとしてPSP X-Ditherを使用しました。
製品サイト: http://www.pspaudioware.com/plugins/tools_and_meters/psp_x-dither/
設定は特にいじることなく、「Pure Dither」「16bit」とします。
ミックスダウン後の2MIXを、一旦ディザを通して16bitでバウンスしておきます。
マスタリング時に使用するエフェクター
イコライザー
まず最初の入り口で2MIXを処理するEQとしては、Brainworx bx_digital V3を使用しています。
製品サイト: https://www.plugin-alliance.com/en/products/bx_digital_v3.html
このプラグインの良さは、多機能ながら非常に反応が良く、判断を誤りにくい点です。
全体の音質を整えるのに適した、マスタリング向きのEQだと思います。
もう一つ、コンプレッサー処理後の調整用には、PSP MasterQ2をチョイス。
製品サイト: http://www.pspaudioware.com/plugins/equalizers/psp_masterq2/
こちらも動作が軽く反応が良いです。
また、上品な効き方をする面もあり、コンプ後の最終的な調整をするのに適しています。
コンプレッサー
こちらも2種類使用していきます。
まずはトータルコンプとしては、有名なWaves R-Compを使用しています。
製品サイト: http://www.minet.jp/brand/waves/renaissance-compressor/
この製品の特長は、とてもシンプルでクラシックなコンプの質感に似ている点です。
いかにもコンプをかけましたというサウンドにならない点も気に入っています。
もう一つは、Waves Linear Phase Multibandです。
こちらは上記のPSP MsterQ2の後にインサートし、低域の処理用のみに使用します。
製品サイト: http://www.minet.jp/brand/waves/linear-phase-multiband/
設定は低域のみを有効にし、アタックタイムを遅めにしてキック等のアタック感を強調します。
リミッター
マスタートラックにはリミッターを入れます。
今回使用したのはこちらのAOL Invisible Limitter。
製品サイト: http://aom-factory.jp/ja/products/invisible-limiter/
その名の通り非常に透明度が高く、あまりリミッターがかかっているという感じがしません。
設置を触るのは1箇所のみ「Over Sampling」というパラメーターです。
オーバーサンプリングによってアナログ波形にできる限り近づけ、本来のピークを検知してくれます。
CPUに余裕があれば「16x」でもいいですが、個人的には「8x」でも十分かと思います。
テープシミュレーター
これは必須の処理というわけではありませんが、僕は好んで行っています。
適度なテープコンプレッションや、ふくよかな質感が与えられるため、サウンドのデジタル臭さを軽減してくれます。
使用した製品はSlate Digital Virtual Tape Machinesです。
製品サイト: http://www.miyaji.co.jp/MID/product.php?item=VTM
設定はテープのメーカー、スピード、ノイズなどをお好みで調整してください。
僕のセッティングは動画でご覧いただければと思います。
以上が、僕が今回の動画の中で使用しているプラグインです。
ここで不思議に思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、僕はマスタリング時にはマキシマイザーを使いません(Invisible Limitterもあくまでリミッターとして使用しています)。
あくまでコンプレッサーやフェーダーを使って、音圧とサウンドを調整していきます。
というのも、マキシマイザーのスレッショルドだけで音圧調整を行うと、マキシマイザー特有の癖が出てしまい、ミックスのバランスが崩れることが多いからです。
マキシマイザーに無理に突っ込む前に、個々の処理を丁寧に行うことで、ミックスのイメージを守りながら音圧を上げていくことができると考えています。
小嶋隆一(エンジニア・プロデューサー)プロフィール
マルチプレイヤー(ギター、ベース、キーボード、プログラミング等)であり、作曲、編曲、レコーディング~マスタリングまでマルチでプロデュース出来る日本では数少ないエンジニア•プロデューサー。
経歴は、ヤマハ音楽振興会主催第24回ポピュラーソングコンテストつま恋本戦会、第13回世界歌謡祭出場後シンガー・ソング・ライターとして音楽活動に専念するが25歳で引退。
制作ディレクターに職種を変えヤマハ音楽振興会~ソニー•ミュージック•エンタテインメントで15年に渡り実績、経験を積む。
2000年に制作/レーベル/レコーディング/マスタリングを核にしたApple Paint Factroy Ltd.を設立。現在に至るまで代表取締役兼エンジニアプロデューサーとして活動している。
エンジニア•プロデューサーの顔以外に、これまで多数のロックバンド、シンガーソングライターをアマチュアからメジャーデビューに導いた手腕も高く評価されている。
また、エンジニア・プロデューサーとしてニューヨーク•ステアリングサウンド、ロンドン•アビーロードスタジオでの仕事交流の実績もある。
[これまで手がけて来たアーティスト、作品]
●ヤマハ音楽振興会時代→作曲家:小森田実(SMAPなど実績多数)、作詞家:山田ひろし(TOKIOなど実績多数)育成
●ソニー•ミュージック•エンタテインメント時代→the brilliant green、フラワーカンパニーズ、To Be Continued、センチメンタル•バスザ•ハミングス(現在秦基博のサウンドプロデューサー上田禎在籍)、Continental Breakfast(サウンドプロデューサー西岡和也在籍)、miyuki、CALL、The Bluck、BLue-B、朝日美穂他多数アマチュアからメジャーに導き制作プロデュースを行う。
●2000年以降→Wyse(ワーナーミュージック•ジャパン)、Walrus(テイチクエンタテインメント、ブンブンサテライツのサウンドプロデューサー三浦カオル在籍)、CLOUD(クラウンレコード)、川嶋あい(インディーズ盤3部作制作マスタリング)、サスケ(育成)、手嶌 葵(デビュー前デモCDマスタリング)、Cube Juice(ビクターエンタテインメント)、サカヒカリ(コナミ・エンタテインメント)、Great Adventure(EMIミュージック)他多数。
[コラボレーション]
●
ジャスティン・ノズカ(カナダ)(EMIミュージック)→2nd Album国内盤ボーナストラックのミックス、マスタリング担当。
The Accelerators(Italy)デビッドビアンコプロデュース作品→1st Album全曲マスタリング担当。
町田康→新潮社朗読CD「そこ溝あんで」編曲、録音、ミックス、マスタリング担当。
●アニメ作品
峰倉かずや作品「私立荒磯高等学校生徒会執行部」の主題歌、エンディング曲の作曲、編曲、録音、ミックス、マスタリング担当。
[最近の作品]
The Captains、Go Go Vanillas、The Twenties、Paper Syndrome、藤岡正明、リトルタートルズ、URBANフェチ、加藤登紀子、長田勇気、上野まな等全アーティスト編曲、録音、ミックス、マスタリング担当。
また、K-POPアーティストBTOB、Girls Dayの日本盤CD何も2015年リリース作品の制作ディレクションを担当。
2017年公開の映画『まっ白の闇』(日本芸術センター第9回映像グランプリ グランプリ作品)
サウンドトラック担当(作曲、編曲、録音、ミックス、MA担当)。
主題歌『Look For The Light/歌 夕蘭(れりあ)』サウンドプロデュース担当。
Shun Kikuta & BLUES COMPANY、2018年リリース最新アルバム、録音、ミックス、マスタリング担当。
WEBサイト : http://www.apf.co.jp