「音楽業界への道標」第4回 渡辺翔さんインタビュー
アニソンヒットメーカー渡辺翔さんへインタビュー
音楽業界への道標、第4回目となる今回は日本のアニソンシーンを牽引する作詞・作曲家の渡辺翔さんにお話を伺ってきました。
渡辺さんといえば、LiSA「だってアタシのヒーロー。」や「oath sign」「crossing field」、ClariS「コネクト」や「カラフル」などなど、アニソン好きなら誰でも知っている名曲を数多く手がけている方です。
どんどん進化していくアニメ音楽の最前線で活躍している渡辺さんはどんな人物なのか、たっぷりお話を伺うことが出来ましたのでぜひご一読ください!
ーー渡辺さんが音楽を始めたのはいつからだったのでしょうか?
渡辺翔(以下、渡辺:)楽器を始めたのは専門学校に入ったくらいのタイミングだったので19歳くらいですね。結構遅めだと思います。その頃は鍵盤のどこがドレミかわからないくらいのレベルでした。ギターも一応持ってはいたんですが、コードもろくに弾けませんでしたね。
ーー音楽の専門学校に入ったのはどんなきっかけだったのでしょうか?
渡辺:元々は音楽の売り出し方とか、マーケティングっていう意味でのプロデューサーを目指していたんです。それで「プロデューサーコース」という学科に入学しました。でもそのコースはどちらかというと、小室哲哉さんのような制作寄りのプロデューサーコースだったんです。それで作曲の授業をやるうちにどっぷりとハマっていきました。
ーーほぼ制作の知識が無い状態での授業はかなり大変だったのではないでしょうか?
渡辺:最初は大変でしたよ、本当に。(笑)
始めの授業が「リズムを組み立てる」という内容だったんですが、そもそもドラムって何?っていう状態だったので。
周りは8ビートやサンバを組み立てているなかで、GM音源を適当に配置しただけの音源が出来上がり「斬新ですね」っていう評価をもらった時はかなり恥ずかしかったですね。
ーーそこで挫折はしなかったんですか?
渡辺:そもそも自分がどのくらい出来ていないか、周りとの差がどのくらいあるのかも分からないレベルだったので。その後の授業でも、Cキーで曲を作ってたはずが「それFキーだよ」って指摘されたり、色々と苦労しましたけどね。
それでも一応、1年の終わりくらいにはなんとか曲が書けるようになりました。すごくシンプルなものではありましたが。
ーー専門学校の卒業後はどんなことをされていたんですか?
渡辺:学校のツテで一応音楽事務所に入ることになったんですが、当時は仮歌も入れていないような状態だったのでコンペには全く受からない状態でした。それで、このままではマズいと思い見つけたのが「エイベックス・アーティストアカデミー」だったんです。オーディションに受かれば学費が無料になる制度があったので、デモテープを出したところなんとか合格し無料で1年間通うことが出来ました。
ーー作曲を始めて2.3年でそこまで到達するのはかなり早い方だと思います。
渡辺:元々音楽を聴くことがすごく好きだったので、それもあるのかなと思います。
ーー学生時代はどんな曲を聴かれていたんですか?
渡辺:元々ビジュアル系がすごい好きで、「GLAY」から「DIR EN GREY」まで幅広く聴いていました。その後「175R」や「SHAKALABBITS」が好きになり…といった繋がりでJ-ROCK全般が好きになっていきました。今でもロック系は好んで聴きますね。
ーーでは当時はロック系の音楽ばかりを聴いていたのでしょうか?
渡辺:いえ、J-POPも好きだったのでよく聴いていましたよ。毎週オリコンをチェックして、TOP20くらいまでの曲を全部レンタルしてずっと聴いていました。中学2年生の頃から高校卒業するまで毎週続けてましたね。
ーーとんでもない量を聴いていたんですね。
渡辺:「超リスナー」なんだと思います。そのくらい音楽は大好きでしたし、だからこそこの道に進もうと思ったんですよ。
ーー「音楽の聴き方」について、今と昔で違うことはありますか?
渡辺:昔は楽器が弾けなかったこともあって、メロディを集中して聴いていました。表題曲ばかりを追いかけていましたね。
ただビジュアル系バンドに関しては別で、メジャーバンドのリリースしたシングルは全部聴くようにしてました。そのうちインディーズバンドにも手を伸ばしまた音源を集めて…みたいな流れでとにかく聴きまくっていましたね。
ーーここまで徹底的なリスナーの方もなかなかいないと思います。
渡辺:そうかもしれません。最近はApple MusicやYouTubeで聴くことも増えましたね。映像と合わせて観ることで感覚に入ってきやすいので。関連動画から辿っていき、色んなジャンルの曲を聴くようにしてます。
ーーちなみに自身が参加したコンペで、別の方が提供した曲は聴きますか?
渡辺:昔はやはりチェックして分析するようにしていました。
ーー渡辺さんは幅広い楽曲を手がけていますが、やはりそれも沢山聴いてきたことの影響が大きいのでしょうか?
渡辺:それもあると思いますし、エイベックス・アーティストアカデミーでがっつりと音楽理論の勉強をすることが出来たことも大きいと思います。
ーーよくミュージシャンの中で「音楽理論は必要か否か」という談義があります。これについてはどう考えていますか?
渡辺:これは人によると思います。
言語に例えて考えると分かりやすいのですが、日本人って文法を学ばずとも最初から自然と日本語を喋れますよね。
音楽もそれと同じで、小さい頃からやってる人は自然と感覚が身についているので、あまり理論は必要ないと思っています。
そして日本語とは対照的に、中学生から始めた英語って「何となく」では出来ませんよね。だから中学生や高校生から曲を作っているのであれば、しっかりと「何が起こっているのか」を学ぶ必要があると思います。
ーーどこまで学ぶべき、という基準はありますか?
渡辺:やりたいジャンル等にもよると思いますが、やれるところまでやることを僕はオススメします。
今度は数学に例えてお話をすると、足し算や引き算しか出来ない人って、たまに計算ミスしますよね。でも例えば因数分解まで覚えてる人であれば、足し算引き算を間違えることってほぼ無いと思うんです。それと同じで、より高度な理論の楽曲を作れることで、楽曲に余裕が生まれてくるんです。難しい楽曲を作る際、背伸びをしながら制作していると足を攣っちゃいますし、どこかで必ずミスしてしまいますからね。でもより高度な楽曲を作る能力があれば階段を降りるだけでいいですから。
僕はそんな風に考えているので、理論は出来るところまで学ぶべきだと思っています。
ーーなるほど、とても分かりやすい喩えですね。ちなみにエイベックス・アーティストアカデミーでは音楽理論以外に、どんな講義があったのでしょうか?
渡辺:毎週末に、第一線で活躍しているプロの作曲家を招いて特別レッスン、みたいなこともやってました。実際に楽曲提供した曲のデモを聴いたりすることが出来たので、かなり刺激になりましたね。周りもデキる人ばかりでしたので。
ーーそれは確かに刺激にも勉強にもなりそうな環境ですね。卒業後はどのような道に進んだのでしょうか?
渡辺:卒業する年の1月にデモテープを何社か出して、今も所属している「スマイルカンパニー」でお世話になることになりました。
ーーそこから本格的にコンペに参加するようになったんですね。初採用はいつだったのでしょうか?
渡辺:22歳の時です。3月頃だったので、スマイルカンパニーに所属して3ヶ月くらいの時でしょうか。
ーーかなり早いですね。
渡辺:そうですね。かなり嬉しかったことを覚えています。
ーー当時は年間何曲ぐらい制作していたんでしょうか?
渡辺:「大手に入ったからには頑張らなきゃ」という焦りのような気持ちもあって、年間100曲くらいは書いていました。いろんなジャンルの引き出しを固めていくといった意味でも、出せるコンペは全部出していましたね。
ーーやはりなるべくたくさん制作した方がいいのでしょうか?
渡辺:制作スピードは人それぞれなので何とも言えませんが、最低でも週に1曲ぐらいは作った方がいいと思います。
ーー渡辺さんはデモを作る時どのくらいのクオリティーまで作り込みますか?
渡辺:アレンジの方向性が見えるまでは最低限必要ですし、僕は出来るところまでは作り込むようにしています。
ーー最初の頃はバイトをしながらの制作で大変だったと思います。いつから音楽1本で生活出来るようになったのでしょうか?
渡辺:26、7歳くらいの頃からでしょうか。。それまでもそれなりには音楽での収入はあったんですが、完全に「それだけで生きていける」っていう状況になるまではバイトを辞めたりはしませんでした。
ーーちなみにどんなバイトをされていたんでしょうか?
渡辺:コンビニの夜勤やゲームセンターの店員ですね。お店のUSENで自分の曲を聴いたりしていましたよ。少し切なかったですが(笑)
ーー現在ではアニソン界の最前線で活動し指名での制作も多いと思いますが、転機となった出来事はありましたか?
渡辺:2011年に魔法少女まどかマギカ主題歌の、ClariSの「コネクト」がリリースされてからですね。
ご指名で依頼を少しずついただけるようになりました。そこできちっと気に入っていただける作品を作り次へとつなげていきました。
ーー結果を出したことで依頼が来て、そこでまた結果を出して…と数珠繋ぎにヒット作品を連発していったんですね。渡辺さんが作曲する際はどのような手順で制作していくのでしょうか?
渡辺:お勧めできるやり方ではないですが、僕はコードから作ることが多いですね。ピアノロールにコードを打ち込んで、それをループしながらメロディを考えます。
ーーパートはどこから作りますか?
渡辺:イントロ、もしくはAメロからです。
やはりサビが1番盛り上がるので、そのための流れを構築していくようなイメージですね。
ーー作曲をする方の中には、同様の理由でサビから作る方も多いですよね。
渡辺:もちろん人それぞれだとは思います。僕の場合は一番盛り上がるサビに向けて階段を作っていくようなイメージで制作していますね。Bメロの終わり方によってもサビって大きく変わってくると思ってますし、そういった盛り上がる部分への流れを大切にするようにしています。
ーー転調などに関してはどのように織り込んでいますか?
渡辺:僕の場合は初めから転調やノンダイアトニックを意識して制作します。メロディのレンジを調整するためとか、そういった理由で転調することは無いですね。もちろんメロディを作っていく中でリハーモナイズ等はします。
ーーうまくメロディが思い浮かばない時もあるかと思います。
渡辺:違う曲を聴いてリフレッシュしたりすることはありますけど、基本的にはコードをループさせながら思い浮かぶまで考えます。それでも出てこなければコードやリズムを変えたり、バッキングパターンを変えてみたり…などでしょうか。
ーーコードのループはピアノ音源で鳴らしているのでしょうか?
渡辺:楽曲によって異なります。例えばギターロックの曲であればギターのコードをループさせたり。その方が雰囲気にあったメロを思い浮かべやすいので。
ーーギターの音源は何を利用されていますか?
渡辺:「Electri6ity」を使用しています。
ーーその他機材は何を使用されていますか?
渡辺:DAWはずっと「Cubase」を使用していますね。ソフト音源に関しては「Omnisphere2」を使うことが多いです。二つともかなり初期の頃から使っていたのでその流れで、といった感じですね。あとは最近Vengeance Soundの「Avenger」を購入したんですが、これもよく使ってます。簡単にEDM系の音を鳴らすことが出来るので、楽曲にアクセントをつけたりしやすいのがいいですね。持っておくと便利かと思います。
ーー楽曲を制作する上で常に心がけていることはありますか?
渡辺:「自分が良いと思う」ものを作るのは大前提としてあります。あとはそのジャンルの曲を沢山聴いて、一度どっぷりとハマることも重要ですね。頭のスイッチを切り替えるためでもありますし、そのジャンルを好きになるためにも必要なことだと思っています。
ーー渡辺さんは作曲のみならず作詞も手がけていますが、どこかで学んだりされていたのでしょうか?
渡辺:一応専門学校時代に基礎は学びましたが、作詞で参加するようになったのはコンペがきっかけですね。曲と一緒に決まることが何度かあって、その流れで作詞も担当することが増えていきました。
ーープレッシャーも大きい中で、要所要所で結果を出した渡辺さんだからこそ、作詞も作曲も数多くのヒットを生み出せたんですね。
渡辺:考えすぎて脳が熱くなるというか、頭がボーッとすることはよくありますけどね。切り替えは上手くない方かもしれません(笑)
ーー色々なものと闘っていく中で、「音楽を辞めよう」と考えたことはありますか?
渡辺:あります。まだ駆け出しの頃は毎年目標を決めていて、それを達成できなければ辞めようと思っていました。
ーーどんなふうに目標設定をしていたんでしょうか?
渡辺:最初は「音楽事務所に入る」というところから始まり、翌年は「コンペで採用」、その次は「表題曲をとる」、「難関コンペでの採用」…といった形で段階的に目標を設定していきました。それで何とか達成していき、今でも辞めずに続けているといった感じです。
ーー目標を設定して活動されている方は多くいらっしゃると思いますが、渡辺さんはどのようにして目標設定されているのでしょうか?
渡辺:きちんと「手が届く目標」を設定することが大事ですね。それでいてちゃんと進んでいる実感が湧くものがいいと思います。やはり停滞は怖いですから。
ーーこれからの時代、作家を目指す人はどのような要素が求められるとお考えですか?
渡辺:「自分をブランディングする」ことが大事だと思います。もちろんコンペで採用を勝ち取りそこから活躍していく道もありますが、昔より表現の場も増えてきて自分の価値や売り出し方を考えながら活動する必要があるんじゃないかと思っています。
ーーボカロP出身の作家などはいい例ですよね。
渡辺:そうですね。もちろん自分の活動スタイルとうまくバランスをとりながら行う必要はありますが。
ーーでは最後に、渡辺さんのようにアニメソングに携わる仕事を目指す方に一言お願いします。
渡辺:自分の好きなものを掘り下げていくことが大事だと思います。好きな曲があれば、そのジャンルを幅広く聴いたり源泉となるものを辿ってみたり。アニソンは「ジャンル」ではないので、そこから派生した様々な曲を聴いて作ってみることをオススメします。
ーーありがとうございました。
いかがだったでしょうか?「音楽を沢山聴くこと」の重要性や音楽理論に対しての考え方、制作との向き合い方など、改めて考えさせられることが多いように感じました。このインタビューが皆様の活動に役立てばなと思っております。渡辺さんが今後どんな活動をされるのかも大注目ですね!
また音楽理論に関しては弊社記事でも詳しく解説しているのでぜひ参考にしてみてください。
それでは次回もお楽しみに!
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記事作成者
取材・執筆:momo (田之上護/Tanoue Mamoru)
1995年生まれ。Digital Performerユーザー。音楽学校を卒業後作曲家として福岡から上京。
2017年8月ツキクラ「STARDUST」に作・編曲で参加し作家デビュー。
「心に刺さる歌」をモットーに、作詞作曲・編曲からレコーディングまで全てをこなすマルチプレーヤー。
アートユニット「Shiro」の作編曲担当としても活動中。
TwitterID :@momo_tanoue
「Shiro」 Website : https://www.shiro.space/
「Shiro」 TwitterID :@shiro_unit