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「音楽業界への道標」第10回 こゑださんインタビュー

シンガーソングライターのこゑださんへインタビュー

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音楽業界への道標、第10回目となる今回はシンガーソングライターのこゑださん(@Chokoeda)にお話を伺ってきました。2000人以上のオーディションを勝ち抜き、15歳という若さでsupercellのボーカルに大抜擢されたこゑださん。歌に対する考え方や、現在の活動等々興味深いお話が沢山聞けましたのでぜひ一読していただければと思います!

こゑだ | profile
1996年生まれ、福岡出身。supercellのゲストボーカルを経て、2015年にソロデビュー。
全曲作詞・作曲を手掛け、Sound Producerにryo (supercell)を迎えた1st Mini Album「Nice to meet you.」をリリース。
初のリリースライブは即SOLD OUT。
また、同年東名阪ツアーも実施し、2016年には20歳を記念したツアー「Happy 20th Birthday」も開催。
2017年には待望の2nd Mini Album「モンシロチョウ」をリリース。

15歳の若さで歌手デビュー

ーーーsupercellのゲストボーカルとして2000人を超えるの応募の中から選ばれたこゑださんですが、元々はどういったきっかけで歌を始めたのでしょうか?

小さい頃から人前に立つことが好きで、絵本を読み聞かせしたり踊ったり歌ったりと色々していました。特に歌に関しては周りから褒めてもらえることが多くて、それが嬉しくてまた歌って…みたいな流れでどんどん好きになっていきました。
小学5年生の頃パソコンにのめり込んで、そこで色んな方と知り合っていくうちにニコニコ動画の存在を知り、中学生から「歌ってみた」の投稿を始めました。

ーーー小学生でパソコンにハマるのはめずらしいですよね。

私すっごくマニアックな趣味が多くて。「押しボタン」とか大好きなんですよ。

ーーー押しボタン。(笑)

はい。(笑)
それでタイピングにハマってパソコンをよく触るようになりました。なので操作はある程度出来ますが、機械系に強いっていうわけではないです。「歌ってみた」を投稿している時も、確かYAMAHAのMW8CXとSHUREのSM58だったと思うのですが、楽器店の店員さんに勧められて購入しよく分からないまま使っていた覚えがあります。
喋ったりするのは苦手でしたが、ニコニコ動画に歌を投稿することで不特定多数の人に自分の歌を聴いてもらえるっていうのはすごく楽しかったですね。

ーーーそこからオーディションに応募しようと思ったのは、どういった経緯があったのでしょうか?

14歳の頃、ニコニコ動画で知り合った方にポロっと「プロになりたい」っていう話をしたんです。そしたら「本当に歌で食べていく自信があるの?」って言われて、即答できなかったんですよ。それが結構悔しくて。そうして色々考えいくうちに、やっぱり私は歌以外考えられない、音楽で食べていきたいという結論に至りました。そこから色々とオーディションを探し始めたんです。

ーーーではたくさんの応募した内の一つが、supercellのゲストボーカルオーディションだったということでしょうか?

いえ、当時のオーディションって基本的にはカセットテープやCDを送る、いわゆるデモテープでの形式がほとんどだったのですが、その作り方がよく分からなくて。何故か調べるという考えにも至らなかったんですよね。
そんな中、「動画のURLを送るタイプのオーディションがある」ということで友人から勧められたのがsupercellのオーディションでした。

「アイラビューアイニジュー」 – KEI feat.初音ミク

(ハヤシケイさんの「アイラビューアイニジュー」の歌ってみた動画を応募したとのこと。原曲はこちら)

ーーーそれが合格したんですね。

はい。一次審査の合格通知がメールで届き、二次審査を東京で行い…という流れだったのですが、実は応募したことをうっかり忘れてしまっていて。合格通知のメールに気づいたのは、二次審査の3日くらい前でした。

ーーーえええ!

当時中学生だったので、もちろん東京へ行くお金も持っていないし課題曲も覚えなくちゃいけないのでどうしようか悩みました。
週末に二次審査が控える金曜日、学校で友達にそのことを相談したんです。そしたらその友人が背中を押してくれたんですよ。「チャンスっていつ来るか分からないじゃん?ここで逃したら一生掴めないかもよ」って。それで決意して放課後、母親に事情を説明して受けることにしました。

ーーーその友人の後押しがあったからこそ、今のこゑださんがあるんですね。

本当に感謝しています。ちなみにちゃんとオチがあって、「メールに気づかず返信が遅くなりましたが、二次審査受けたいです」ってオーディション事務局に連絡したところ1週間日程を後ろにずらしてもらえました。だからあの時諦めなくて本当によかったと今でも思います。

批判を乗り越えて

ーーーその後二次審査も勝ち上がり2011年にsupercellのボーカルとしてデビューしたこゑださんですが、特徴的な歌声や話題性もあり反響はかなり大きかったと思います。

デビュー当時は2ちゃんねるとか結構見てましたね。これが麻薬みたいなもので、一度ハマると気になってなかなか抜け出せないんです。最初の頃は前のゲストボーカルだったやなぎなぎさんや、同時期にデビューしたEGOISTのchellyちゃんと比べられたりすることが多くて。やっぱり批判的な意見を見ちゃうと落ち込んで泣いて、でも気になるから見てしまって…という繰り返しでしたね。それまで褒めてもらえることが多かった分ダメージはかなり大きかったです。批判された曲を聴けなくなってしまった時期もありました。

ーーーそこからどう乗り越えていったのでしょうか?

最初は一人で悩んでいたのですが、だんだん周りにも落ち込んでいるのが伝わったみたいで。色んな方からアドバイスを貰ううちに、「自分は誰のために歌っているのかな」っていうことを改めて考えるようになったんです。

それまでは、「私のことを嫌っている人に、どうすれば好きになってもらえるか」ということばかり考えていて、私の歌の”クセ”が好きだと言ってくれる方や、私のことを応援してくれている方のことを考える余裕が持てなかったんです。
でも私の歌が嫌いな人は、どう頑張ったところで「やっぱり嫌い」ってなっちゃう可能性だってあるわけで、その人たちに合わせて歌い方を変えたり活動を変えたりするのも何か違うなと思って。

やっぱり私が大事にしなくちゃいけないのは、こてんぱんに批判する人よりも好んで聴いてくれる人だということに気づいたんです。それからはあまりそういった意見に影響されなくなりましたね。批判的な意見を見ても”一つの見方”として捉えられるようになりました。逆にそういった否定的な意見が少なくなっている状態だと、自分の歌が届いている人数が減っているということでもあるので「もっと頑張らなきゃ!」って思えるようになりましたね。

supercell 『拍手喝采歌合-short ver.-』

ソロデビュー後の道のり

ーーーsupercellのボーカルとしてアルバム「ZIGAEXPERIENTIA」のリリース後2015年にソロデビューを果たしたこゑださんですが、これにはどういった経緯があるのでしょうか?

アルバムが発売された後、supercellのryoさんから「ソロで活動してみない?」という提案があって。それまでにもちょくちょくSoundCloudに作詞作曲をした楽曲をアップしていたりしたことなどもあり、ソロでの活動をすることにしました。元々作文を書いたり自分の気持ちを他人に聞いてもらったりするのが好きでしたし、「自分の曲を歌ってみたい」という気持ちもありましたね。

ーーーsupercellではプロデューサーのryoさんが作詞作曲、アレンジまで全て手がけていますが、ソロデビューのミニアルバム「Nice to meet you.」ではこゑださんが全曲作詞・作曲を手がけ、サウンドプロデュースのみryoさんが担当しています。初めてのことばかりでかなり大変だったのではないでしょうか?

そうですね。今までは「歌だけを歌えばいい」という状態でしたが、ソロデビューをするにあたり色んなことをしなければいけないのでかなり苦労しました。制作期間も2年弱くらいかかりましたね。
なかなかみんなの歯車が噛み合わず上手く進まなかったり、それまで顔出しもしていなかったのでライブやメディア出演など初めてのことだらけで、もどかしい気持ちや苛立ち、悲しみを感じることもありました。

こゑだ 1st Mini Album「Nice to meet you.」クロスフェード

「知る」ことの大切さ

ーーーその後2017年に2枚目のミニアルバム「モンシロチョウ」をリリースしたこゑださんですが、こちらも2年くらい期間が空きました。

ファーストミニアルバムのリリースで得た経験を生かして制作したのですが、やはりプロモーションなども含めまだまだ知らないことがたくさんあって。一つ越えたらまた次の壁があって…。ただただ時間だけが過ぎていく焦りの中でたくさん右往左往しましたが、制作から発売、その後の流れまで学ぶことができたのでいい社会勉強になったなって今では思いますね。

ーーー15歳でメジャーの世界に飛び込み、そこから一人で活動していくというのは想像を越える苦労があったと思います。

自分がいかに何も知らなかったかということを痛感しました。なので色んなことを調べたり勉強しましたね。沢山本や、様々な方のインタビューも読みましたし、自分の周りの人がどんなことをしていてどんなプロセスでCDがリリースされるのか、とか。他人に頼るにしても、まず自分がしっかり自立していなければいけませんから。
今後ずっと活動を続けていく上で、「どういった流れで、いつまでになにをするべきか」ということを具体的に思い浮かべるのはとても重要だと思いました。

ーーー基本的に周りは大人ばかりの状況で、自分の考えとのギャップもあったのではないでしょうか?

そうですね。色々と言われると凹むことも多いですが、そんな時は時間を置いて冷静に考えて、取り入れるべき意見と「これは譲れない」という部分を判断するようにしています。また信頼できる友人や家族に相談することもありますね。話している内に考えがまとまることもありますので。

ーーー信頼できる人がいるというのは大切ですよね。

supercellで活動していた時は顔出しNGだったり、批判に対する恐怖みたいなのもあってすごいインドアになっちゃってたんですよ。中学生から高校生にかけての5年間ずっとそんな状態で人とあまり関われなかったですし、関わること自体が怖いっていう思いもありました。でもファーストミニアルバムを制作するとき、協力してくれる方を誰かに探してもらわないと何も出来ない状況なんかを経験して、「人との繋がりの大切さ」を改めて実感しました。そもそも別に悪いことをしているわけではないですし(笑)、シャットアウトしているだけじゃなにも始まらないなって。

シンデレラストーリーは待つのではなく、掴み取りに行くべき

ーーーこゑださんの話を聞いていると、オーディションから今の活動に至るまで、沢山悩んで考えたからこその”今”のように思います。

作品を作って終わるのではなく、「そこからどう届けるのか」までを考えることはとても大切だと思います。プロを目指して活動されている方の中には、「いつか誰かが自分を見つけてくれるんじゃないか」っていうシンデレラストーリーを思い描いている方も多いと思います。私もニコニコ動画で1年くらい活動していた時はそう思っていました。でも本当に自分に自信があって見つけてもらえると思っているなら、待つだけもったいないですよね。
見つからないまま終わっちゃうよりは、自分から出向いて勝ち取って、削りに削ってピカピカに磨き上げたものを「見てください!!」って持っていって、みんなから「好き」って言ってもらえた方が絶対かっこいいと思うんです。

例え偶然見つけてもらったとしても、それって結局きっかけでしかないわけで。「そこからどうするか」を考え、思い描くことこそが一番大事だと思います。

音楽との向き合い方と、これから。

ーーー自身のアルバムでは作詞作曲を手がけているこゑださんですが、日々の経験を曲に反映させることも多いのでしょうか?

そうですね。感情の振り幅がすごく大きくて、ポジティブな時はいいんですけど、ネガティブな時はとことん落ち込んじゃいます。ただ、アーティスト脳としてはそういう時の方が共感されやすい曲が書けたりするのでよかったりもするんですけどね。いち女の子としては大変です。(笑)

ーーーその他普段から心がけているインプットはありますか?

映画やドラマなど、実写作品からインスピレーションを受けることは多いですね。あと音楽はApple Musicなどで”意識的に”聴くようにしています。実は、歌うことは好きなのですが「普段から自然に音楽を聴く」ことが私の場合はあまりなくて。でも自分で作曲をする上では絶対必要なことなので、なるべく沢山吸収できるよう心がけています。

ーーー作曲はどういった方法で進めているのでしょうか?

アコギを弾きながらだったり、拙すぎるピアノを弾きながらだったりと様々ですね。リズムのループ音源を流しながらメロディーを考えることもあります。その時に歌詞も浮かぶことが多いので、同時進行みたいな感じでしょうか。
最近だと桐嶋ノドカさんと共同制作をしてみたりと、新しいことにチャレンジしたりもしています。

ーーー今話題のコーライトですね。

自分で作詞作曲をする時は衝動的な感情だったり、自分自身のことをテーマにすることが多いのですが、作詞だけのときは冷静な気持ちというか幅広い視野で歌詞が書けるというのは新たな発見でした。

ーーー制作時、機材は何を使用していますか?

DAWはCubaseで、インターフェースはFireface UC、マイクはオーディオテクニカのAT4040です。ある程度曲のイメージが伝えられるようになるためにギターとベース、電子ドラムやシンセサイザーも買いました。まだギター以外は全然で、勉強中です(笑)

ーーーでは最後に、こゑださんのこれからの活動について教えてください。

ファンクラブのメルマガでもずっと言っていますが、「止まらない!!」っていうのが第一です。制作もライブもプロモーションも、常に全身全霊で目標に向けて進んでいきたいと思っています!

ーーーありがとうございました。

こゑだ「ヒースのかけら」Music Video

記事作成者

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取材・執筆:momo (田之上護/Tanoue Mamoru)

1995年生まれ。Digital Performerユーザー。音楽学校を卒業後作曲家として福岡から上京。
2017年8月ツキクラ「STARDUST」に作・編曲で参加し作家デビュー。
「心に刺さる歌」をモットーに、作詞作曲・編曲からレコーディングまで全てをこなすマルチプレーヤー。
アートユニット「Shiro」の作編曲担当としても活動中。

TwitterID :@momo_tanoue

「Shiro」 Website : https://www.shiro.space/
「Shiro」 TwitterID :@shiro_unit