「音楽業界への道標」 第34回 鈴木Daichi秀行さんインタビュー
編曲家 鈴木Daichi秀行さんにインタビュー
音楽業界への道標、第34回目となる今回はYUIや絢香をはじめ、編曲家としてJ-POPを代表する楽曲を数多く手がける鈴木Daichi秀行さん(@daichi307 )にインタビューを行いました。
作曲・編曲はもちろんレーベル運営なども手がけるDaichiさん。今回は自宅スタジオにお邪魔させていただき、貴重なお話をたくさん伺うことができました。
ーーDaichiさんは20余年にわたり数多くの楽曲を手がけていらっしゃいますが、元々音楽を始めるきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
中学生の頃友達とバンドをすることになり、キーボードを始めたのがきっかけです。それまで楽器の経験は一切ありませんでした。
バンドでは聖飢魔IIなどのコピーをよくしていて、中学2年生くらいのときにはYAMAHA QX5を使って打ち込みをしていた記憶があります。
ーーかなり早い段階から打ち込み音楽を始めたんですね。
僕自身小さい頃からゲームなどが好きでしたし、両親も新しいもの好きで。ただその頃はあくまで“趣味”の範囲で、音楽で生きていこうとは考えていませんでした。
その後キーボードより持ち運びが便利という理由もあって(笑)、高校生になってからギターを始めました。
軽音楽部にも入っていたのですが、知り合いの年上の人たちと学校外でもバンドを組み、原宿のホコ天で路上ライブをしたりライブハウスでも月4,5本くらいのペースでライブをしたりしていました。
ーーかなり精力的に活動されていたんですね。
デビューしたてくらいだったMr.Childrenと対バンしたこともあります。
18歳のとき、バンドの音楽性を変えようという話になり、打ち込みを取り入れて同期しながらライブをすることになって、そこで本格的に打ち込みを使うようになりました。
今でもスタンスはあまり変わらないですけどね。
(スタジオ内風景①)
ーー編曲家としての仕事を始めたのはどういったきっかけがあったのでしょうか?
20歳くらいのときにバンドで一度デビューしたんですが、アルバム一枚で解散することになって。
バイトをしながら違うバンドをやろうかなと思っていた頃、「打ち込んだ音をMacに吸い上げてもっといい音に差し替える、マニピュレーターって人がいる」ということでディレクターさんに紹介してもらったんです。
その人はプロのアレンジャー・マニピュレーター、エンジニアとして活動している棚橋”UNA”信仁さんという方だったんですが、「バイトするくらいなら一緒に仕事しようよ」と言っていただいて、それがきっかけでこの仕事を始めることになりました。
ライブのマニピュレーターとしてレコーディングスタジオに行ってマルチテープからCubaseにデータを吸い上げて並べ、そこからミックスをして…みたいなことをしていましたね。
僕がスタジオを持ってエンジニアまで行うようになったのは棚橋さんの影響がかなり大きいです。
ーーCubaseを使い始めたのもそのタイミングだったのでしょうか?
いえ、バンドがデビューする頃からなので、20歳くらいからですね。確かCubase 2くらいだったかな。
PCやサンプラーのメモリを4MB追加するのに6万円くらいした時代です。
絢香 『三日月』(編曲・サウンドプロデュース・ギター・ベース)
個性についての考え方
ーーDaichiさんは数多くの機材を使用されていますが、購入する際なにか基準などはあるのでしょうか?
ちょっと個性的なものに惹かれますね。今はたくさんのプラグインも出回っていて便利なものも多いですが、「他のことは出来ないけど、これはこのプラグインじゃなきゃできない」っていう方が面白いじゃないですか。
やっぱりこういう仕事をしていると色んな人と比べられるシーンも多いですし、その中で自分らしさってものをどう出していくかっていうことは常に考えていて。普通の人が持っていないようなものを使用しているっていうのも、場合によってはアドバンテージになるんです。
ハードウェア機材は特に「個性的なキャラクター」を持っているものが好きです。
ーーDaichiさんはご自身の個性について、どのようにお考えですか?
例えばロックテイストにする場合でも、あくまで「ポップスの範囲」でロックのエッセンスを取り入れたりとか。完全にその分野に特化した人に頼むと逆に取っつきづらい音楽になってしまう場合もあるので、「その音楽で一番大事な部分」を抽出し、ポップスに落とし込というのが僕の得意としていることです。
個性とかオリジナリティの話って度々出てきますけど、出来ないことを無理にやっても辛くなって挫折するだけだと思うんです。どの分野、どの世代にもそのプロフェッショナルみたいな人はいるので、その中で自分の「出来ること」と「求められているもの」を見定め、見せ方を考えていくのが大切なのかなと思います。
ーー編曲の仕事をする中で、クライアントの意向と自身の拘りがぶつかってしまうこともあるのでしょうか?
それはもちろんありますが、やっぱり仕事である以上「自分が作っているけど自分のものではない」というか。オーダーメイドみたいなものだと思うんです。
自己主張をしすぎてもよくないし、無くてもつまらない。そのバランスが一番難しい部分だと思います。
ーー修正依頼などの対応も難しい部分かと思います。
例えばひとくちに「ロック」と言っても、ラウドロックだったりポップロックだったりと先方がイメージしているものは様々です。それを最初から全て読み取るというのはなかなか難しいので、修正が来ないようにするというよりは、修正にどのくらい対応出来るかというのが大切です。
僕の場合は、例えば締め切りが1週間だったとして、3日で最低限アレンジの方向性が分かる70点くらいのデモを作り先方に確認してもらいます。そこでいただいた修正を元に残り4日で完成形までブラッシュアップしていくようなイメージで制作する場合が多いです。
ーー最初から100点満点のものを作るのではなく、ということですね。
生演奏でアレンジしたものを聴かせたら「やっぱり打ち込みで」っていうケースもあります。自分が120点を出すくらいの気持ちで一生懸命作ったものを修正するのってやっぱり辛くて大変ですし、上手く修正出来なかったりすることもあります。
そしたら先方からも「あんまり変わってないね」って思われちゃうので、どっちに転んでも大丈夫なようにしておくっていうのは大事かもしれません。
ただこれはあくまで終着点のクオリティーを分かってくれる相手であればです。初めてのクライアントさんなどであれば、プレゼンテーションという意味で全力で最初から作り込む場合もあります。
(スタジオ内風景②)
ーーアレンジをするにあたり、あまり知らないジャンルを手がけることになるケースもあると思います。そういった場合、事前に勉強などをしておくべきなのでしょうか?
僕の場合は依頼が来てから、そのジャンルを必死に勉強するというパターンが多かったです。いつ何がくるか分からないので、事前学習などはなかなか難しいんじゃないかなと思いますね。
作ってみて、レコーディングで生演奏に置き換わったときにどのように聴こえるかっていうのを繰り返し経験しながら学んでいきました。
ーーDaichiさんは日頃インプットとして心がけていることはありますか?
色んなジャンルの音楽を聴くなかで、「この曲の良さはどこにあるんだろう」っていうのは意識して考えるようにしています。
たとえ自分があまり好きでは無いと思う音楽でも、それを素晴らしいと感じる人はいるわけで。そういった「人が良いと感じる部分を見つける」という考え方は実際仕事をする際も活かされていますね。
音楽で生きるために必要なもの
ーー若手クリエイターの中で、「伸びる人」と「伸びない人」の違いはどこにあるのでしょうか?
まとまりはなくとも、ちょっとはみ出したものというかエッジが効いたものを作れる人は伸びることが多いです。尖ったものを丸くするのは割と簡単ですが、丸いものを尖らせるのって結構大変なんですよ。
色んなコンテンツが溢れる今の時代で、「なんだこれ」「こんなものはダメだ」と言われていたものがある日、正解になったりする場合もあります。
特にコンペなどに参加している人は「どう採用されようか」という考えから安全牌なものを作ってしまいがちなので、自分の趣味を100%発揮できる場所を確保しておくのも一つの手かなと思います。
ーー音楽業界が変移していく中で、職業作曲家や編曲家はこれからどのようなスタイルに変わっていくとお考えですか?
音楽に関して言うとどんどん自由になっていると思うんです。今までは曲を作ってCDをリリースしライブをして…という一連の流れみたいなものがあって、逆に言うとそれにのっかっていれば安心、みたいなところもありました。
CDが売れなくなってきてそのルーティーンがうまく回らなくなってきたと同時に、自分たちで全てをやるということに関してはすごく手軽になってきています。
ただその中で成功しているモデルケースというのはまだあんまりなくて。そういう思いもあってCubic Recordsというレーベルを始めました。
僕はずっと音楽を作るということをやってきて今は当たり前に出来るようになりましたが、それを売るということに関しては全然やってこなかったので「実際の部分」というのが数字でしか分からなかったんですよ。
大手レコード会社がやってきたことをそのまま小さくしてインディーズでやってもなかなかマネタイズできないし、アーティストもみんな歳を取っていくので時間的なリミットもあります。
今は実験的に色んなことをしながら、マネタイズも含めてアーティストが音楽を続けていける新たな道を模索しています。
(これまで手がけたタイトルが壁一面に並ぶ。)
ーー最近の取り組みとしてはどういったものがありますか?
Non Stop Rabbitというバンドのプロデュースを手がけているんですが、彼らはバンドマンとしての活動と並行してYouTuberとしても活動しています。
ライブハウスってなかなか人が集まりづらくて、そこにアプローチをしても意味があまり無いじゃないですか。彼らはアーティストとしてカッコいい音楽をしっかり作り、YouTubeでは振り切ってバンド活動と全く別のコンテンツを作っているのですが、現時点(2019年1月)でチャンネル登録者数は16万人を超えていますし、今年3/31には東京・品川プリンス ステラボールにて動員1700人規模のワンマンライブを開催する予定です。 一見するとあまり関係ないように思えるYouTuberとしての活動も、ちゃんと音楽活動をしていることでギャップが生まれ、相乗効果をもたらしてくれます。
音楽的な部分でのサポートはもちろん、レーベルとして彼らの活動のバックアップをしています。
Non Stop Rabbit 『イニシアチブ』
また最近はclusterというVRバーチャルイベント空間を作っている会社とタッグを組み、仮想空間でライブをしたりファンとのコミュニケーションツールとして音楽を取り入れるといった取り組みもしています。
VR上であればライブハウスや武道館を作ることだって手軽に出来ちゃいますし、シンガーソングライターを集めて誰でも自由にストリートライブが出来る空間を作ることも出来ます。
時間を「共有する」「体験する」という事は現実も仮想も変わらなく面白いと思えるもので物理的な距離や場所に囚われず参加出来るイベントスペースに期待しています。
何が出来るかまだまだ未知数ではありますが、いろんな可能性を秘めている分野だと思っているので、積極的かつ実験的に色々と面白いことをやっています。
現段階ではバーチャルアイドル(仮)というグループをTwitterでオーディション募集する所から始め、2人のVtuberが走り出した所で、彼女達の活動を通して多くの人にバーチャルイベントスペースでのライブの楽しさを知ってもらいたいと思っています。
ーーありがとうございます。それでは最後に、Daichiさんの今後の目標などがあれば教えてください。
音楽を作っている側はどうしても「売る」という際に何かに乗っかるやり方が多いのですが、今は自分でなんでも出来てしまう時代です。ただ今のところ、なかなかその道筋が確立されていない段階ではあるので、作り手がちゃんとマネタイズしながら活動できる場所や方法を作っていきたいなと思っています。
ーーありがとうございました。
鈴木Daichi秀行さん プロフィール
1994年、ConeyIslandJellyFishのメンバーとしてメジャーデビュー
その後、作編曲家プロデューサーとしての活動をスタート
近年はサウンドプロデューサーとして、バンドからシンガーソングライター、アイドルまで得意な幅広い音楽性を生かし活動する傍ら、新たな才能を求め新人発掘、育成などにも力を入れている。
また「northa+」や「L.O.E」のペンネームでも楽曲提供を行っている。
楽曲提供アーティスト
絢香/いきものがかり/家入レオ/AKB48/柴咲コウ/SMAP/ダイスケ/平井堅/mihimaru GT/miwa/モーニング娘/YUI/他数々の著名アーティストを手掛ける。
Studio Cubic
活動拠点であるStudio Cubicではビンテージアウトボードやハイエンドなマイク、ギターアンプ、ドラムセットも完備。
バンド一発レコーディングまでも可能でレコーディングがらミックスまで一貫した音楽制作が行える。
URL:http://www.cubicrecords.jp/studiocubic
Twitter:@daichi307
取材・執筆:momo (田之上護/Tanoue Mamoru)
profile:1995年生まれ。Digital Performer・Ableton liveユーザー。音楽学校を卒業後作曲家として福岡から上京。
2017年8月ツキクラ「STARDUST」に作・編曲で参加し作家デビュー。
「心に刺さる歌」をモットーに、作詞作曲・編曲からレコーディングまで全てをこなすマルチプレーヤー。
アートユニット「Shiro」の作編曲担当としても活動中。
ホームページ:Music Designer momo
TwitterID :@momo_tanoue